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電ǂ鯨「クーネル・エンゲイザー」歌詞の意味を考察!終末世界で生きる姉妹の物語

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ポップで軽快なメロディなのに、なぜか胸が締め付けられる。聴けば聴くほど、その世界観の奥深さに引き込まれていく——。

電ǂ鯨さんの楽曲「クーネル・エンゲイザー」は、そんな不思議な魅力を持つ一曲です。可愛らしい琴葉姉妹(茜・葵)が歌うこの曲は、多くの人の心を掴み、様々な解釈や考察を生み出してきました。

▲ 電ǂ鯨「クーネル・エンゲイザー」

一見すると楽しげな雰囲気の裏に隠された、あまりにも残酷で儚い物語。この記事では、楽曲「クーネル・エンゲイザー」の歌詞に込められた意味を、深く掘り下げて考察していきます。

「クーネル・エンゲイザー」タイトルの意味とは?

まず、この不思議な響きのタイトル「クーネル・エンゲイザー」の意味から解き明かしていきましょう。

多くのリスナーがたどり着いたように、このタイトルはいくつかの言葉を組み合わせた造語だと考えられます。特に有力なのが、作者である電ǂ鯨さん自身が示唆したとされる説です。

「食う(クー)」「寝る(ネル)」+「and gazer(エン・ゲイザー)」

gazerは英語で「見つめる人」「凝視する者」を意味します。つまり、このタイトルは「食べて、寝て、そして見つめる者」と解釈できるのです。

歌詞の中にも、この説を裏付けるような表現があります。

歌詞の中では、食事をすること、眠ること、そして外を眺めるという行動が繰り返し描かれています。特に**「食べる」「眠る」「見ながら」**という言葉には色が付けられており、作者がこの3つの行動を意図的に強調していることが伺えます。

すべてが凍りついた終末世界で、生きるために最低限の「食う」「寝る」という行為を繰り返し、ただ世界の終わりを「見つめる」ことしかできない。そんな姉妹のどうしようもない日常が、このタイトルに凝縮されているのではないでしょうか。

物語の舞台は終末世界

この曲は【世界凍った。】という衝撃的な一文から始まります。

この曲は、世界が未曾有の寒さで凍りつき、息を吸い込んだだけで肺が砕け散ってしまうほど過酷な状況から始まります。この描写から、物語の舞台が氷河期や「核の冬」を彷彿とさせる、ポストアポカリプス(文明崩壊後の世界)であることがわかります。外に出れば一瞬で命を落とすほどの極寒の世界で、琴葉姉妹は家の中に閉じこもって生き延びているのです。

そんな極限状況での呼吸は、歌詞の中で独特の擬音を用いて表現されています。これは一見可愛らしい響きですが、恐怖による過呼吸や、肺が凍りつく苦しみからくる喘鳴を表していると考えると、その恐ろしさに鳥肌が立ちます。

物語の転換点、葵が窓を開けた理由

物語の中盤、それまでの暮らしに悲しみを覚えた妹の葵が、ついに二階の窓を開けてしまいます。その結果、冷たい空気を吸い込んだ彼女は、右手、肺、そして心までもが凍りついてしまうのです。

注目すべきは、体が凍っていく様子が、窓を開ける右手から、息を吸う、そして絶望を感じるへと、外側から内側へ侵食されるように描かれている点です。この短いフレーズから、凍てつくような感覚が痛いほど伝わってきます。
この葵の行動が、物語を決定的な終わりへと導いていくのです。

ラスサビに隠された姉妹の「すれ違い」と悲しい結末

は次の季節に何をしようかと未来を夢見ることで希望を繋ごうとしますが、一方では体が凍っていく苦しみを「さむいよ」と呟きつつも、姉には本当のことを言えないでいます。

こののセリフ【ねえね、さむいよ】は、「ねえ、ねえ」という呼びかけと、「姉ね」という姉を呼ぶ言葉のダブルミーニングになっていると解釈でき、その巧みさには思わず唸ってしまいます。

そして、二人が共に口にする「眠るべき」という言葉にも、決定的なすれ違いが見られます。

  • にとっての「眠る」は、もう助からないという諦めからくる「永眠」
  • にとっての「眠る」は、妹を気遣う優しさからくる「休息」

同じ言葉を口にしながらも、その意味は全く異なっていたのです。このどうしようもない隔たりが、聴く者の胸を締め付けます。

また、このラスサビの聞き取りづらい部分は、寒さで呂律が回らなくなった様子や、歌の分子さえも凍り付いてしまう世界の残酷さを表現しているのかもしれません。

最後の言葉が意味するものとは

物語は、茜の【電気止まっちゃった…】という呟きで、あまりにもあっけなく幕を閉じます。この一言には、どのような意味が込められているのでしょうか。

1. 源が絶たれる

電気が止まることは、この極寒の世界で唯一の暖房手段である「こたつ」が使えなくなることを意味します。それは、緩やかで確実な「終わり」の宣告に他なりません。

 

2. 葵の灯火

このセリフを茜一人が呟いていることから、「葵の命(=電気)が止まってしまった」と解釈する声も多くあります。ボイスロイドである彼女たちにとって、電源が落ちることは「存在の終わり」そのものなのかもしれません。

3. 茜による選択

もしかしたら、先に弱っていく葵を見かねた茜が、二人で一緒に時を閉じるために自ら電気を止めた…。そんな優しい姉の覚悟だったと考えることもできます。

まとめ 儚くも美しい終末の物語

「クーネル・エンゲイザー」は、ただ悲しいだけの曲ではありません。絶望的な状況下でも、みかんを食べ、コンポタを作り、過ぎた季節を懐かしむ。そんなささやかな日常を愛おしむ二人の姿は、どこか温かく、そしてあまりにも儚く美しいのです。

あなたはこの物語に、どんな結末を見出しますか?ぜひ何度も聴き返し、自分だけの解釈を探してみてください。きっと、聴くたびに新たな発見があるはずです。

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